『ある船頭の話』あらすじ感想ネタバレ:オダギリジョー初監督作品。

スポンサーリンク
ある船頭の話 画像
(C)2019「ある船頭の話」製作委員会

日本公開日2019年9月13日(金)

映画『ある船頭の話』の感想です。普段洋画ばかりで邦画をあまり観ませんが、チラシがやたらカッコいいというだけで新宿武蔵野館までオダギリ ジョー初監督作品を鑑賞して参りました。

私が観た次の次の上映時間でオダギリ ジョー登壇だったのに惜しかった!

※目次2-1からネタバレしています。

スポンサーリンク
スポンサーリンク

作品情報

英題:『They Say Nothing Stays the Same』2019年/日本/137分
監督:オダギリジョー
脚本:オダギリジョー
音楽:ティグラン・ハマシアン
撮影:クリストファー・ドイル
出演:柄本明、村上虹郎、川島鈴遥、伊原剛志、浅野忠信、村上淳、蒼井優、笹野高史牛、草笛光子、細野晴臣、永瀬正敏、 橋爪功、くっきー、河本準一

あらすじ

一艘の舟。全ては、
そこから始まる─。
明治後期から大正を思わせる時代、美しい緑豊かな山あいに流れる、とある河。船頭のトイチは、川辺の質素な小屋に一人で住み、村と町を繋ぐための河の渡しを生業にしていた。様々な事情を持つ人たちがトイチの舟に乗ってくる。日々、黙々と舟を漕ぎ、慎ましく静かな生活を送っていた。こんな山奥の村にも、文明開化の波が押し寄せていた。川上では煉瓦造りの大きな橋が建設されている。村の人々は「橋さえできれば、村と町の行き来は容易になる」「生活しやすくなる」と完成を心待ちにしているが、トイチは内心、複雑な思いでその様子を見守っていた。そんな折、トイチの舟に何かがぶつかる。流れて来たのは一人の少女だった。(後略)

公式サイト『ある船頭の話』より引用
映画『ある船頭の話』特報 | 9月13日(金)全国公開

感想

※まだネタバレしていません

山深い緑と、流れる川の風景にティグラン・ハマシアンの音楽が絶妙にマッチして、マイナスイオンを劇場で感じるほど映像美な映画でありました。

船頭役、トイチ(柄本明)の説得力も素晴らしく、長年この川を渡っているんだぞ、という感じが伝わってきますし、彼の存在感が映画を引っ張っていきます。

撮影監督は、クリストファー・ドイルという香港の映画監督ウォン・カーウァイとの仕事で知られる有名な人で、彼の手腕なのか川の水や雨が降る場面など、とても美しく映像化されています。

公式サイトのプロダクションノートによると、新潟県の阿賀野川という場所だそうです。

ドイルと言えば『恋する惑星』(1994年)の手持ちカメラで揺れる映像のイメージが強いですが、本作は映像が揺れたりはしません。美しい自然の風景を見せたいのか、引きの映像が多く、役者同士が会話をしているところも引きで撮っている場面がありました。

なので遠くから、演者たちの様子を観察しているような視点が多いいです。

お話は、タイトルになっている『ある船頭の話』そのままで、船頭のトイチが毎日村から町へ行く人々の為に、舟を漕いで川を渡って送り届けています。

トイチは様々な人を向こう岸まで送って忙しそうにしています。

なんとこの川では、草笛光子、永瀬正敏、浅野忠信、蒼井優、細野晴臣、橋爪功など豪華な人達が行きかっています。スゴイですねー。

そして舟乗り場の横では、川を渡るための大きな橋を建設していて工事の音が聴こえてきます。この橋の建設が映画のポイントになっていて、橋が出来たら便利にはなるけどトイチの職はなくなってしまいます。川にいるホタルにも影響が出てしまうし、便利って本当ににいいことだらけなんだろうか?と、橋の建設が進む事によって、トイチや村に住む人達の葛藤が描かれます。

オダギリ ジョー監督は、資本主義についてコメントしています。幸せの定義が変わり本当に人間らしい生き方とはなんだろう、という疑問からこの作品は作られたようです。

なのでテーマは明確です。

そう言えば、工事現場の関係者も舟も使いますが、映画冒頭で橋建設関係者(伊原剛士)トイチに早く舟を出せと罵倒して胸糞です。

かなりの言いようでコイツがマジで腹立ちます。完全にトイチをコケにしてます。登場するなりですよ。いい風景だなぁと思ってたら冒頭で、怒りの胸糞ボルテージを上昇させに来ます。アイツほんとなんなんだよ。

しかし、トイチは笑って謝ってます。いい人で穏やかなんです。俺がトイチだったら川の真中で蹴り落としてますけどね。

笑えるところもありまして、水牛が川にやってきて舟で行けるっしょ~て快く引き受けて舟乗り場に連れてくると無理じゃね?て事になって、結局浅いところから渡るというシーンがあります。

みんなビッシャビッシャに濡れてます。

コメディな場面はあとは、終盤でちょっとあるくらいで全体的には、真面目というか自然と共にある人間を描いているのでテーマに沿った雰囲気です。

ただ、出演者にクッキー(野生爆弾)とあり日本人ならこれ大丈夫なのかと?と思わずにはいられないクレジットがあります。彼がどんな状況で登場するのかは劇場でご覧下さい。

美しい映像とピアノ曲、船頭のトイチとゆっくりとした時間が劇場に流れていきます。

※ここから完全にネタバレになります。
スポンサーリンク

トイチの狂気

船頭としてトイチは毎日働いていますが、橋が完成に向かっている事、船の利用者に罵倒されたり、仕事がなくなるなど穏やかな顔を一見しつつも内心は、何か煮えているものが積み上がっているようです。

トイチの鬱積した感情が幻覚として白い少年になり登場します。この少年とトイチは度々会話を繰り返します。

ある時、トイチの夢なのか願望なのか村の人間達を次々に襲うという描写が現れあれだけ穏やかなトイチが突然の殺人鬼となります。現実ではないですが。

このときのドンドンドンドンと重い脈打つような音が同時に流れて狂気が増幅されていきます。トイチの表の顔と内に秘めるもののギャップがあり、とても怖い場面です。

ただ、これを実行しようという、想いを抱えて普段生活しているという事ではない、というバランスの狂気の願望だと思います。ときには、誰もが感情的になって怒りが頂点に達して、感情が抑えれなくなってしまう事もあるように、トイチもみんなのと同じでごく一般的な感覚な人として描かれているように思いました。

そして、トイチは突然流れ着いた少女 (川島鈴遥)を介抱して助けてあげます。村で起こった、とある家族が殺された事件ありそのうちの一人いなくなってしまったという噂があります。

この女の子こそ家族の一人なのでは?という雰囲気になっていきます。少女は最初言葉を発しませんが、少しづづトイチに心を開いて話すようになります。トイチの友人である源三(村上虹郎)とも仲良くなり一緒に味噌を焼いてとても楽しそうです。そして、みんなでご飯を持ち寄って食事をします。

また、ある時、仁平(永瀬正敏)大雨の中、死んだ父(細野晴臣)を葬るのを手伝って欲しいとトイチの家にやってきます。トイチは、すぐに引き受けて森に遺体を一緒に運びます。

トイチ達は利他精神があり、助け合いながら生活しています。

しかし、橋が完成してしまい、トイチの船頭の仕事は奪われてしまいます。町と村を行きかう人々は便利を手に入れました。そしてトイチ自身もその橋を利用する一人になりました。

映画クライマックスは、すっかり町の生活に馴染んだ都会の人間と化した源三が少女を無理やりトイチの家に連れて行き乱暴しようとします。家に帰って来たトイチは死んだ源三と血まみれでナイフを持った女の子が自分の家にいました。
結構
暴れる女の子を抑えて、家を燃やし二人で舟に乗って何処かへ旅立ちます。

ここで映画は終了します。ざっくりとこんな感じの流れです。

この作品を観て思い出すのが新藤兼人監督の『裸の島』(1960年)という映画があります。広島県にある小島で生活をする家族の話で、ほぼ自給自足のような生活をしていてセリフもまったくありません。この作品を意識して作られたような気もします。

ですが『ある船頭の話』ではかなりセリフがあり、割と心情を吐露しています。なので少し想像の余地を潰してしまっているような感じもしました。

最後に

映画の最後二人で舟を乗り何処かへ向かう場面は、なんだか是枝裕和監督の『万引き家族』(2018年)を思い出しました。トイチも少女も身寄りがなく独り身です。二人はまるで血のつながった家族のよう暮らしていくのでしょうか。

『万引き家族』で“家族とは家族である意思を持った者たち”の事では?と、提起されたように。なんらかの理由で社会からこぼれてしまった人たちは、疑似家族を作り社会ので中でなんとか生きていきます。

トイチも文明の発展によりこぼれた一人なのかもしれません。

押し付けたい度★★★☆☆

スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク
ドラマ
直感映画.com

コメント